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    研究紹介   

研究1.倍数性に着目した医療の開発

研究1.倍数性に着目した医療の開発

 私たちの研究室では、細胞の倍数性(ploidy)に注目し、これを手がかりに新しいがん医療を開発することを目指しています。特に、従来の治療では克服が難しい難治性がんに対して、新しい診断・治療技術の創出に取り組んでいます。

● 倍数性とがんとの関係

がんは、ゲノムの異常によって発生します。その中でも「多倍体化(全ゲノム倍加)」は、100年以上前から発がんの一因として提唱されていました。しかし、遺伝子変異やエピゲノム異常と比べ、倍数性に焦点を当てたがん研究はこれまで少なかったのが現状です。

近年の大規模ながんゲノム解析(pan-cancer analysis)により、ヒトの固形がんの約4割が多倍体化を経ていることが分かってきました。肺がんや食道がんなどでは過半数が多倍体化を経験しており、多倍体化を経たがんは染色体異常が多く、予後が悪いという特徴を示すことが明らかになっています。

しかし、がんごとに多倍体化がどのように病態に関わり、どんな弱点を持つのかは、まだ多くの謎に包まれています。

● 倍数性を指標にして予後不良ながんを見分ける

私たちは、多倍体化の研究を進めるために独自の研究ツール(細胞株・マウスモデル・倍数性評価技術など)を開発してきました。

松本は、多倍体細胞の体内挙動を可視化できるマウスモデルを確立し[Cell Stem Cell 2020, PMID 31866222]、多倍体肝細胞が肝がんの重要な起源細胞となること、さらに、多倍体肝細胞由来の肝発がんでは倍数性は可塑的に変化し、倍数性の増減が染色体異常を亢進し発がんを促進することを明らかにしました [Nature Communications 2021, PMID 33510149]。

さらに、ヒト肝がん検体を用いた解析では、多倍体肝がんの特徴を詳細に明らかにしました[British Journal of Cancer 2023, PMID 37715023]。染色体 FISH法を使って腫瘍細胞の倍数性を評価したところ、約36%が倍数性の高い多倍体がんであり、多倍体肝がんはmacrotrabecullar-massiveと呼ばれる特徴的な組織像を示したり、polyploid giant cancer cell (PGCC)と呼ばれる、巨大な癌細胞を高頻度に含むなど、特有の組織像を示すことが明らかになりました。また、細胞分裂期に高発現するユビキチン結合タンパク質 UBE2C が多倍体肝がんで高発現しており、PGCC の存在や UBE2C の高発現は予後不良を示すマーカーとなることも分かりました。これらの知見は、倍数性が肝がんの悪性度と密接に関係することを示しています。
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もしがんの倍数性を簡便に評価できれば、予後不良ながんを見分け、積極的に治療する「倍数性に基づく個別化医療」につながると期待されます。

そこで、倍数性を人工知能で病理画像から自動判定し、予後を予測するモデルも開発しました(特願2024-26830、PCT/JP2024/044155、Communications Medicine 2025, PMID 40610763)。

この技術は、倍数性を臨床応用へとつなぐ第一歩になると考えています。

また、これまでの pan-cancer analysisなどでは、「多倍体化を経験したことがあるかどうか」に基づいて

がんを分類し、多倍体化を経たがんは予後が悪いと報告されてきましたが、私たちの研究から、「多倍体化の履歴」ではなく「現在のがん細胞の倍数性の高さ」こそが、がんの悪性度と強く関連していることも分かってきています。この傾向は、肝細胞がんのみならず、肝内胆管がんや食道がんなど様々ながん種でも確認されています(論文投稿中)。がん研究や診断においては、過去の多倍体化の有無ではなく、現在の倍数性そのものを評価することの重要性 が示唆されています。

● 多倍体がんはどのように発生し、なぜ悪性度が高いのか

なぜ一部のがんは多倍体化しているのか。そして、なぜ多倍体化したがんは悪性度が高いのか。

特に後者については、 染色体不安定性(chromosomal instability; CIN) が深くかかわっていると考えられています。多倍体化した細胞は染色体を多く持つため、分裂のたびに分配異常が起きやすく、染色体不安定性が高まります。この不安定性はがん細胞の多様性を生み、悪性度の高いがん細胞(高増殖性・薬剤耐性・転移能の獲得など)を生み出す要因となります。

さらに私たちの研究では、多倍体化はゲノム損傷への耐性を高める ことも明らかになりました。多倍体がん細胞は 2 倍体に比べて多くのゲノム損傷を抱えていますが、その冗長なゲノム構造により損傷の影響を緩和し、生き残りやすいことが分かってきています(Cell Death Discovery 2024, PMID 39397009)。事実、多倍体がん細胞はDNA 損傷型抗がん剤に抵抗性を示します。またこのような多倍体細胞の特徴は、がんの発生や進展過程では「ゲノム損傷のリザーバー」として機能し、多倍体細胞はがんの発生や進展の起点となっている可能性があります。

● 多倍体がんに選択的な治療標的の探索

現在、がんの個別化医療Precision medicineの開発が活発に進められています。多倍体がんは予後不良である一方で、特異的に有効な治療法はまだありません。

ヒト体内で生理的に多倍体化する正常細胞は通常、増殖を停止した状態にある一方、活発に増殖する多倍体細胞 はがんに特徴的に認められます。このため、多倍体がん細胞が増殖する仕組みを理解すれば、多倍体がんに選択的な治療法の開発が可能となることが期待されます。

私たちは最近、食道腺がんをモデルとして、多倍体化した前がん細胞が増殖を始める鍵となる分子機構を見出しました(論文投稿中)。
この発見は、多倍体化を経る発がんを抑止する新しい治療の開発につながるものであり、今後も多倍体がん細胞の弱点を様々な観点から探索し、多倍体がんに特異的な新しい治療法 の実現を目指します。

研究2.倍数性と病態との解明

研究2.倍数性と病態との解明

 がんだけでなく、肝硬変・腎障害・心筋梗塞など、さまざまな病態や加齢で多倍体細胞が増加することが知られています。しかし、倍数性の変化がこれらの病気にどのように影響しているのかは、ほとんど分かっていません。これは、倍数性研究のための実験ツールが少ないことも一因です。

松本は、がん以外の疾患における倍数性の役割を明らかにするため、多色レポーターマウスを用いて多倍体細胞の増殖や動きを可視化する技術を開発しました。その結果、これまで「増殖しない」と考えられていた多倍体細胞が、慢性肝障害では積極的に分裂し、肝再生に寄与していることを発見しました [Cell Stem Cell 2020]。さらに、加齢過程でも多倍体細胞が正常肝臓の恒常性維持に関与していることを示しました [Cell Mol Gastroenterol Hepatol. 2021]。

しかし、肝臓以外の臓器では、多倍体細胞がどのような役割を持ち、臓器障害や疾患にどう関わるのかなど未解明な部分が多く残されています。

私たちは、生理的・病的な状況における倍数性変化の意味を解き明かし、臓器の修復や疾患進展の新しいメカニズムを明らかにすることを目指しています。

 

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研究3.倍数性の制御機構や倍数性変化の意義の解明

研究3.倍数性の制御機構や倍数性変化の意義の解明

 多倍体細胞の増殖や挙動を可視化するマウスモデルを解析する中で、松本は多倍体細胞が倍数性を減少させて再び2倍体となる現象を示しました [Cell Stem Cell 2020、Nature Communications 2021]。そしてこの「倍数性減少」が、組織再生や発がんに関わることも明らかになりました。

従来、体細胞では倍数性は増えることはあっても減らないと考えられており、この現象は細胞生物学の常識を覆すものです。興味深いことに近年では、このような倍数性減少がヒトのがん細胞・マウスES細胞・魚の皮膚細胞などでも観察されており、種を超えて保存された現象である可能性が示唆されています。そして、がん細胞における倍数性減少が薬剤耐性獲得に関与することも報告されており、臨床的にも重要な現象です。

しかし、倍数性減少を可能にする分子メカニズムはまだ明らかになっていません。私たちは、倍数性の変化を制御する仕組みやその意義を解き明かすことで、多倍体細胞を本質的に理解し新しい治療概念を創出することを目指して研究を進めています。​​​​​​​

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倍数性は、これまで見過ごされがちだった生命現象の一側面です。私たちは、倍数性の変化ががんや臓器障害において果たす役割を多角的に解析し、「倍数性に基づく新しい医療」の実現に向けて研究を進めています。

これらの他にも、倍数性に関わる新しい研究をいろいろと展開しています。

​最新の研究について興味がある方は、ぜひ松本まで連絡ください。

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